Monthly Archives: February 2016

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The Good Book says  . . . “For we have found this man a pestilent fellow, and a mover of sedition among all the Jews throughout the world, and a ringleader of the sect of the Nazarenes.” (Acts 24:5)

pestilent — Modification of Middle French “empesterer,” to hobble, embarrass; from (assumed) Vulgar Latin “impastoriare,” from Latin “in-+(assumed) Vulgar Latin pastoria,” hobble, from Latin “pastor,” herdsman —more at PASTOR. Meaning is to harass with petty irritations, annoy.

I sure hope I don’t fall in to this category!

Now you can understand why some cranky people say, “Quit pestering me!” Church leaders are just trying to do what God has called them to be: a guide, a shepherd, a protector. The five-fold ministry (of apostles, prophets, evangelists, pastors and teachers) that God has given the church is perhaps the best “pesticide” this side of Heaven against “all the wiles of the devil.”

Eeeek! R A I D!

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It’s written, “Yet there is one thing wrong; you don’t love me as at first! Think about those times of your first love (how different now!) and turn back to me again and work as you did before . . . ” Living Bible Revelation 2:4-5)

「しかし、一つだけ避難すべき点があります。それは、あなたがわたしを、初めのころほど愛していないことです。どうしてそうなったのか、胸に手を当てて考え、初めの愛に立ち返って、以前のように励みなさい。」リビングバイブル黙示録 2:4-5

I don’t think we have walked away from our husband or wife, but perhaps we’ve have walked away from expressing our love for him or her.

夫か妻から離れらていないだと思いますが、彼、また、彼女のための愛情を言うこと、表現することから離れられたかもしれません。 

flamingloveLove can be described as a bed of HOT coals in each of our hearts ― waiting to be revived.

Let’s learn again to  puff and blow on those coals of love ― and pretty soon they will become a raging fire between the two of us.

「愛」は回復されたい私たちの心の中にあるあああつい炭火のようです。その炭(愛)火は消されたくないのです。その炭(愛)火は優し心からの風を待っています。私たち、一人一人はその炭(愛)火に愛情の風をふきましょう。そうすれば、燃えられる愛火になるでしょう。燃えられうようにどしたら良いでしょうか?答えは簡単です。

「ふうふう」してください。夫婦だから。

Genesis 2:15

15: And the LORD God took the man, and put him into the garden of Eden to dress it and to keep it.

The center of Adam & Eve’s marriage took place in their home in the Garden of Eden. It was a place like Paradise where they spent their lives. A very important responsibility was given to Adam as the husband of this first household: to till, work, cultivate, plow, tend, which all take time, effort and romance.

創世記2:15

「神である主は、人を取り、エデンの園に置き、そこを耕させ、またそこを守らせた。」

アダムたちの結婚生活はエデンの園で行われました。パラダイスのようなところで、家庭、家族が生活するところでした。アダムには大切な責任がありました:耕すこと。それは時間と努力が必要です。

私たち人間は、どういう風に愛を現すか。

結婚生活は、決して、「ギブ アンド テイク」「give and take」ではありません。ルカ6:31、38                                                                                                    

「自分にしてもらいたいと望むとおりに、人にもそのようにしなさい。与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。」

Luke 6:31, 38

31: And as ye would that men should do to you, do ye also to them likewise. 38: Give, and it shall be given unto you. 

2heartsonfire

愛の表現(20)項目    

Twenty Ways to Express Love

01 抱きしめる。抱きしめられることによって、守られている。安心。

Hug. Hugs show your protection. Result is a sense of security.

02 口づけ。尊敬を現す。挨拶。

A kiss. Shows respect. A way of greeting.

03 花束。感謝を現す。

Flowers show your appreciation to the one receiving them.

04 チョコ。バレンタインデー。

Chocolate on Valentine’s Day.

05 ソファ。そばに座る。

Sitting on the sofa together.

06 ラブレター。時間をかけて、心の中の思いを書く。

Love letter. Take time to write the thoughts of your heart.

07 新しいネクタイをプレゼント。誕生日以外にでも。

A new necktie, even on a day other than birthday.

08 娘さんのために新しい洋服や飾り物を買う。

Buy some new clothes or jewelry for your daughter.

09 息子さんのために自転車、三輪車を買う。

Buy your son a new tricycle or bicycle.

10 動物園、遊園地に行く。

A trip to the zoo, or amusement park.

11 二人で外食。

A dinner date for just the two of you.

12 タンスの中で下着に「I love you」のメモをこっそり入れる。

Secretly hide an “I love you!” memo in the underwear drawer.

13 鏡に口紅でハートを書いて、イニシャッルを入れる。

Draw a heart on the mirror with lipstick and put your initials in it.

14 二人で手をつないで散歩する。

Go for a walk holding hands together.

15 二人だけでドライブをする。

A drive for just the two of you.

16 弁当を作って、近くの公園で一緒に食べる。

Make a sack lunch for two and go to a nearby park.

17 500円のハンカチをプレゼント。

Buy a little gift for no reason and give it to her.

18 (愛す)クリムショップで一緒にたべる。

Ice cream at 31 Flavors.

19 顔と顔を合わせて笑顔。

Looking closely at each other, try smiling.

20 「I love you」と口で言う。聞くと嬉しい。

Say “I love you!” She’ll be glad to hear it.

love melts

         「愛は、ハンマーが壊すことができないものを溶ける。」   

Love melts what a hammer cannot break.

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Little Alutiiq Girl — original photo from 1958 and portrait by Jen-Ann Kirchmeier.

アルティクの女の子

彼女の名前は アンドレア コンプコフといいました。新入生数人と一緒に彼女がべテル・テンプル教会の玄関ホールにいたのを見たのを思い出します。彼女はコルドバ高校を卒業して、シアトル大学で看護学部の奨学金を受けました。卒業後はシアトルでピル・ヒルと呼ばれている病院の看護士として仕事をしていました。誰かから、彼女が看護士だと聞いて知った私は、自分が糖尿病であることを彼女に話しました。今から思えば、おろかで未熟だったと思います。でも自分のハンディを周りの人に知らせるのはよいことだと思っています。いつか 助けが必要となったときに、助けてもらえることもありますから。

ああ、聖書学校は本当に楽しかった! 教授たちの中には牧師や、もとインドネシアの宣教師だった人たちがいました。学部長は第二次世界大戦の太平洋戦区で戦った退役軍人でした。授業の中で、彼らのリアルな人生の体験談が語られました。彼らは聖霊様にしか与えることのできない心の興奮を感じながら、私ちに聖句を語られました。授業中、泣いたり笑ったり、祈ったり、沈黙したり、そして、歌うこともありました。チャペル礼拝は15分から20分と短い時間でしたが、常にパワーに満ちていました。ここの教授たちは 一般の大学の教授たちとは明らかに違っていました。彼らは試験の前に、質問と答えを教えてくれましたが、それにもかかわらず 私たちは勉強したものです。アンドレアと私は他の学生たちとコーヒー休憩を一緒に過ごして、学びのことで討論をしたりして興奮したものです。

聖書学校に入って最初の1年半は、アンドレアにロマンチックな恋愛感情を持ったことはありませんでした。彼女は私にとって みことばのことや、神様が私に日本に宣教師として召してくださっていることなど自分の気持ちを分かち合うことのできる 単なる近しい友達でした。私たちの友達としての関係は、神様のみことばを中心にした霊的なレベルでの友人関係だったのです。神様はこのような霊的なことから人間関係がはじまることをすべての人に望んでおられると私は信じます。

私はタコマニュース・トリビューン新聞社に勤めながら聖書学校に通っていました。聖書学校に入学した夏、私は貯まった休暇を利用して、べテルから宣教師として遣わされているジョージとメアリ-ベス・フレイジャー夫妻のいる九州に1ヶ月尋ねることになりました。この年、私は 心の中でベスト・フレンド、アンドレアへの気持ちが高まっているのを感じていました。

神様の導きにそむいた選択をしてしまうことを恐れて、私はある日 彼女に「この夏日本に行くことにしているんだけど、たぶんすごく忙しくなると思うから、連絡は取れないと思う」言いました。 

彼女に対して抱いている「感情的な」気持ちを終わりにするいい方法だと思ったのです。

日本に来た私は、予想通り、忙しかったです。ジョージ先生は 毎日のように 仕事を手伝わせてくださいました。伝道集会、キャンプ、聖書研究会、牧師会、説教、トラクト配布、建築作業などなど、全範囲に及ぶ奉仕です。私の心は圧倒されました。1975年の当時は パソコンもEメールも、携帯電話もテキストメッセージもない時代です。国際電話は高いし、実際にかけることはできません。ジョージ先生が見せてくださっているすべてのことを誰かに話したい・・・ベストフレンドに手紙を書く時間はないと言ったのに、そのアイデアは吹っ飛びました。アンドレアは私が手紙を書いた初めての人です。なぜなら、彼女は私の心を知り、理解してくれるからです。自分のことを知り、理解してくれる人がいることを 本当にうれしく思いました。

日本滞在の1ヶ月間に ジョージ先生は 長期宣教師となるために必要なポイントを教えてくださいました。そのポイントは今でも正当なものだと思っています。先生は私が独身であるのを知って、聞かれました。「ガールフレンドか真剣に交際している女性はいますか?」私は「No」と答えました。この先輩宣教師は、もし私が宣教師として日本に来るのなら、 結婚して来るのがベストだと アドバイスをくださいました。私がなぜですかと理由を尋ねると、ジョージ先生は、日本の教会は 独身男性より 独身クリスチャン女性がずっと多い。もし、私が独身の宣教師として日本に来たならば、教会内の独身女性たちは、おそらく私のことで競争したり、争いをおこすことになるかもしれない。若い独身女性の間に大きな亀裂が生まれ、あきらめから教会を去る人も出てくるかもしれない。先生は、こういって、もし私が真剣に交際している女性がいないのなら、海外に遣わされる前に、まず結婚することを考えるべきだといわれました。そして、もしそのような人がいないのなら誰かを紹介しますよとまで言われたのです。

夏の休暇は終わりました。1975年の9月、私は帰国して、職場に戻り聖書学校の2年目に入りました。次の月に 私はアンドレアに 夏の経験について分かちあいました。そのとき、私は はじめて何かを感じました。彼女の存在がこれまでになく強く、思いの中にあったのです。その月、私の気持ちはアンドレアにくっつきました。そして、彼女の職場から家までたったの2ブロックという近い距離なのに 彼女を送るために、タコマからシアトルまで40マイルも車を飛ばせて迎えに行ったりしたものです。それも一回ではなく、何度もそうしたのを記憶しています。車を降りて助手席にまわり、ドアを開けるとき、「神様、車から玄関のドアまでの間 彼女の手をつないでもいいですか?」と神様に尋ねました。神様の明確な答えは 今でも覚えていますが それは「NO」でした。ある時は、神様に「彼女のほっぺたに小さなキスをしてもいいですか?」と聞きました。答えはまたしても、「NO」です。3日間連続、夜にベッドの中で天井を見つめながら、神様にこう話したのを覚えています。

1晩目「主よ、彼女は本当にすばらしいです。彼女のことが本当に好きです」

2晩目「主よ、私は彼女に惹かれています」

3晩目「おお主よ、これ以上心に留めていられません。彼女のことを愛しているのだと思います!」

私は自分の霊が感情を使って、神様ご自身が私に与えてくださったアンドレアへの愛を告白したことを とてもうれしく感じました。

私は彼女への結婚のプロポーズを計画しました。そのころ、コーリー・テン・ブーンの人生がHiding Place わたしの隠れ場)という題で 映画化され、上映されていたので、土曜日の午後 彼女を誘って見に行くことにしました。映画の後、キャンドルライトのディナーに行って、プロポーズしようと思ったのです。映画「わたしの隠れ家」は非常に有名な映画で 「よい席を取るためには早めにご来場ください」との宣伝から、アメリカ北西部のすべての映画館では 長蛇の列ができていました。私たちは旧道ハイウェイ99号線にあるルイス&クラーク劇場に、上映1時間以上前に到着しました。けれどもどうしたことか、列がないのです。まったくありません。その日は雨が降っていました。外に出て散歩をすることもできません。1時間も車の中に座っていることもでません。それで、私はそこでプロポーズすることにしました。彼女に、もし私と結婚してくれるなら、一緒に私の妻として日本に来てくださいと言ったのです。アンドレアは、すごく喜んでくれました! 大きく「YES」と答えたときに、車の天井に頭がほとんどぶつかるほどでした。私はそのとき初めてアンドレアにキスをしました。素敵でロマンティックなディナーの後、アンドレアはべテル・テンプル教会の土曜の夜の青年の集会に行きたいと言いました。それで私たちは教会のあるダウンタウンに向かい、車を停めて手をつないで、教会の玄関ホールに入りました。

礼拝堂の中にいた人が、ドアが開いて閉まる音を聞いて、振り向いたとき、彼らは今までに見たことのなかった光景が見えました。ニルスとアンドレアが手をつないでいて、二人の顔は光り輝いていたのです。

私たちは聖書学校の学期が終わった後 6月に結婚式をあげようと思いました。けれども、誰かが「なぜそんなに長い間待つの?」と言いました。それで、3ヶ月予定を早めてアンドレアの父の50才の誕生日である1976320に 結婚式を挙げました。彼女が父親と一緒に教会の礼拝堂に入ってきたとき、私は彼女に歌いました:

girlodad1「アンドレア、I love, I love, 」と

1976年の後半、私たちが聖書学校の最後の年である3年目をむかえたとき、ワシントン州のカーネーション市にあるべテル・タバナクル教会の牧師として奉仕をするようにとたずねられました。私たちは1年間という約束でそれを受け入れました。それは、主が、日本での宣教師の奉仕のために私たちを準備してくださっていたからです。私たちの娘、リサは、私たちがべテル・テンプル聖書学校を1977年の5月に卒業した 2週間後に生まれました。

アンドレアと私は宣教地でアル日本で38年間を過ごしてきました。まるで、昨日のことのようです。時間のたつのは本当に早いですが、思い出は残り、私たちの霊と魂に活気と元気を再び呼び起こしてくれます。

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Little Alutiiq Girl — original photo from 1958 and portrait by Jen-Ann Kirchmeier.

ONE LITTLE ALUTIIQ GIRL

Andrea Kompkoff was her name. I remember seeing her in the foyer at the old Bethel Temple with several other new students. She had graduated from Cordova High School and been given a scholarship to study nursing at Seattle University. She graduated and became a nurse at Doctors’ Hospital on what was referred to as Pill Hill in Seattle. When someone told me she was a nurse, I piped up and told her I was a diabetic. Dumb and so immature, now that I think of it, but then again, it’s always a good thing to let people know of one’s disability. They might very well step in and help someday when it’s really needed.

Man, Bible school was fun! Among our teachers were pastors and former missionaries to Indonesia. Our Dean was a World War II veteran who fought in the Pacific Theater on Iwo Jima. Their real-life stories added to each class. They would stand and begin opening the scriptures to us with an excitement that only the Holy Spirit could give. We would laugh, cry, pray, be silent and even sing during classes. Chapel services were only 15 or 20 minutes long, but they were always packed with power. Our teachers were markedly different from university professors. They gave us the test questions and answers before the exams, but nevertheless we studied for them anyway. Andrea and I would spend time together during coffee breaks with other students discussing and showing our excitement at what we were learning.

Never had a romantic thought about Andrea during the first year and a half of Bible school entered my mind. She was simply my closest friend with whom I shared my heart for the Word and the missionary calling that God had placed in my heart for Japan. Our relationship as friends began on a spiritual level centered on and around the Word of God. I believe this is how God would like every human relationship to begin: spirit first.

I continued working for the Tacoma News Tribune and attending Bible school. The summer after enrolling in Bible school, I decided to take my accumulated vacation time and make a one-month trip to Kyushu for a first-hand visit with veteran Bethel missionaries George and Mary Beth Frazier. During the school year, I was beginning to feel emotions rising in my soul for my best friend, Andrea. I was afraid I was making a choice outside of God’s leading, so one day I decided to tell her, “I’ll be away for the summer in Japan and will probably be so busy I won’t be able to keep in touch with you.” I thought this was a good way to put to an end any “emotional” feelings I may have been having for her.

I got to Japan, and yes, I became very busy. George spent everyday sharing the work in which they were involved. Evangelistic meetings, camps, Bible studies, pastors’ meetings, preaching, passing out tracts, building . . . the whole gamut of busyness. My heart was overwhelmed by it all. In 1975 there was no such thing as personal computers, e-mail, cell phones or instant messaging. Telephone calls were exorbitantly expensive and practically untouchable. I wanted so much to share all that George was showing me with someone . . . but I had told my best friend I wouldn’t be able to write her. Chuck that idea. Andrea was the first one to whom I wrote, because she knew and understood my heart. It made me feel good all over to have someone who knew and  understood my heart.

During that month in Japan George pointed something out to me in regards to becoming a long-term missionary. I think it is still a very valid point today. He knew I was single and asked me, “Do you have a girl friend, or someone about whom you are serious?” I said, “No.” The senior missionary went on to advise me that if I was to come to Japan as a missionary, it would be best for me to be married. I asked why? George related that in Japan there are more single Christian women in the church than single men. If I was to come to Japan as a single missionary, single girls in the church could become very competitive with each other, perhaps even (so to speak) fight over me. It could cause great contention among the single young women in the church, some even giving up and leaving the church. He advised me that if I did not have a serious relationship with a girl, that I should by all means consider marrying soon upon arrival to the foreign field. George even offered to match me up with someone if I did not have someone in mind.

The summer vacation was over. It was September, 1975. I got back home, went back to work and enrolled in my second year of Bible school. In the next month, as I shared my summer experiences again with Andrea, I noticed something for the first time. She would be in my thoughts more than ever before. It was during this month that my emotional being became attached to Andrea. I remember traveling 40 miles (more than once) from Tacoma to Seattle to pick her up after work at Doctors’ Hospital and take her a two-block distance home. I remember asking God when I got out to go around the car and open the door for her, “God, may I hold her hand as I walk her to the door?” I can remember His very clear response: “No.” There was another time I asked God, “May I give her a little kiss on the cheek?” Again came the answer, “No.” I remember going home for three nights in a row, going to bed, looking up at the ceiling and talking to God:                          

First night: “Lord, she sure is nice. I sure like her.”                                                                                        Second night: “Lord, I sure am fond of her.”                                                                                                    Third night: “Oh, Lord, I can’t keep this me any longer, ― I think I really love her!”

I was elated as my spirit being began using my emotions and confession to express the love that God Himself had placed in my heart for Andrea.

I planned my proposal of marriage to her. The story of Corrie Ten Boom had become a movie and I had planned on taking her one Saturday afternoon to see the Hiding Place. After the movie, I was going to take her to a candlelight dinner and propose across the table. The Hiding Place was a very famous movie and the long lines of waiting people in practically every theatre all over the Northwest prompted a notice in newspaper ads to “arrive early for best seating.” We got to the Lewis & Clark Theatre on Old Highway 99, over an hour before the movie started, but there was no line, at all. It was raining. We couldn’t get out and take a walk. I couldn’t just sit there in the car for an hour, so I decided to propose right there. I asked her if she would marry me please come to Japan as my wife. Andrea was ecstatic! She almost hit the ceiling of the car with a big “Yes!” It was at that moment that I kissed Andrea for the very first time! After a nice, romantic dinner, Andrea wanted to go to the Young People’s Meeting at Bethel Temple that Saturday night, so we headed downtown, parked the car and holding hands, walked into the foyer. People in the sanctuary heard the door open and close and turned around to see something they had never seen before . . . Nils and Andrea holding hands with faces beaming so brightly they shined!

We had thought of a June wedding, after the Bible school semester was over, but someone said, “Why wait so long?” So, we moved the date up three months and were married on Andrea’s Dad’s 50th birthday, March 20, 1976. As she entered the church sanctuary with her father, I sang to her,

 girlodad1Andrea, I love you, I love you . . . 

We enrolled for our third and final year of Bible school and were asked in the latter part of 1976 to go and pastor the Bethel Tabernacle in Carnation, Washington. We told the people that we would only promise them one year, because the Lord was preparing us for missionary work in Japan. Our daughter, Lisa, was born about two weeks after we both graduated from Bethel Temple Bible School in May, 1977, and we three left for the mission field in January 1978.

Andrea and I have now been on the mission field in Japan for 38 years. It seems as though it were only yesterday. Time goes by so quickly, but memories remain, revitalize and reinvigorate the spirit and soul.

 

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In the above youtube.com video, Japan’s Munakata Bethel Christian Center (MBCC) congregants are seen and heard singing “This Is My Story, This Is My Song” as they stand before the altar last Sunday morning , January 31, 2016, offering praises to God for His miraculous provision of ¥38,985,000 (US$326,000) over the past four years to complete the purchase of the property on which the facility was built 25 years ago — the building and land all without a single bank loan.

nilsAndreaNils & Andrea Olson, BFI missionary-pastors to Japan since 1978, commented, “The classic hymn, Blessed Assurance by Fanny Crosby was a perfect way to express the congregation’s heart-felt gratitude to God and to all those whose hearts were moved by the Holy Spirit to believe and to give so joyfully of their offerings the past four years.”

This is my story, this is my song,
Praising my Savior all the day long;
This is my story, this is my song,
Praising my Savior all the day long.

“It began twenty-five years ago when the Holy Spirit spoke and said, ‘Lease property and build’. We stepped out of the boat as it were and began walking on water toward the Miracle Worker. He is the One Who has done this; I repeat, He is the One Who has done this. We shall NOT forget this miracle,” Nils said.

landPAY1Nils puts his personal signet to a withdrawal slip in the amount of ¥10,985,000 ($92,000) for the final payment of the Munakata Bethel Christian Center land purchase.

landPAY2

Shaking hands on the completion of the land purchase on Friday, January 29, are Nils and the (former) land owner, Akio Ishimatsu, whose mother and father originally leased the property with no monthly lease payments to MBCC in 1991. Pictured to the left of Mr. Ishimatsu are the Judicial Scrivener, Mr. Gonda, and our real estate agent Toshiya Ishimatsu (not related to landlord). An occupation basically found only in Japan and South Korea, a “judicial scrivener” assists clients in commercial and real estate registration procedures.

Now that the land belongs to the church, over the next few months with the help of their real estate agent, Toshiya Ishimatsu, MBCC’s next steps will be to submit necessary paper work for religious incorporation.

All praise and glory to Almighty God, the LORD Jesus Christ!